例え「0」という結果に終わっても挑戦すべき企画だった。ディレクターの情熱が番組になり映画になった「通信簿の少女を探して」という作品。
今、BS-TBSのドキュメンタリー作品が映画館で観られるのをご存知でしょうか?
これまでもBS-TBSで製作した映画はいくつもありますが、ドキュメンタリー作品となると2000年の開局以来初めてのことになります。
今回は、その作品の内容や困難を極めた制作過程、劇場公開されるに至った経緯を、わたくしBS-TBS編成部の初瀬川啓太がお話しさせていただきます。
画家ゴーギャンの古書に挟まっていた1枚の色褪せた通信簿
現在、劇場公開されているのは「通信簿の少女を探して〜小さな引き上げ者 戦後77年あなたは今〜」というドキュメンタリー作品で、昨年の8月14日、終戦記念日の前日にBS-TBSで放送した番組を劇場版として再編集したものになります。
少し作品の内容を説明させていただきます。
作品は、ディレクターが偶然手にした画家ゴーギャンの古書に、1枚の色褪せた通信簿が挟まっていたことから始まります。
それは、昭和23年、大分県別府市の小学6年生の少女のものでした。
通信簿を返す少女探しの旅は、歴史に埋もれた日本の戦中戦後史をひも解く旅の始まりでもあったのです──。
短くまとめると、このようなお話しです。
早々に壁にぶつかった「通信簿の少女」探し
少女探しは古い通信簿しか手がかりしかありません。
いざ、捜索を始めると、早々に壁にぶつかりました。
通信簿でわかるのはお名前と卒業した小学校くらいで、その小学校を訪ねるも、そんな古い名簿は残っていない、と。
あとはあてもなく聞き込みをするしかありません。
新聞社の協力を得て、尋ね人の広告を出すも手がかりは掴めませんでした。
そもそもですが、この少女がご存命かどうかもわからない。
存命であれば87歳と高齢です。
存命であったとしても会うことができるのか、お話しができる健康状態なのかどうか。
例え「0」という結果に終わっても挑戦すべき企画だった
最初のテレビ放送を観ていただいた社内外の方からよく言われたのは、「『あがり』が見えないのに、よく制作に踏み切ったね」というような声でした。
「あがり」というのは、「撮れ高」や「結果」という意味です。
ごもっともな意見で、私自身、企画の提案を受けた時に、この少女にお会いできなければ番組は成立しないと思っていました。
ただ、事前のリサーチで、戦中、別府という街に知られざる役割があったことや、戦後の引き揚げ事業に大きく関わった場所であるということがわかっていたので、これらに少女の物語が重なるようであれば、素晴らしいドキュメンタリーになることが想像できました。
なので、「0か100か」じゃないですけど、「100」に賭けたわけです。
賭けたくなる魅力的な企画でしたし、例え「0」という結果に終わっても挑戦すべき作品だと思いました。
迫る放送日直前まで少女に会えるのかどうかがわからない状況が続きハラハラしましたが、結果、良い形で撮影を終え放送を迎えることができました。
その数ヶ月後には、文化庁芸術祭テレビ・ドキュメンタリー部門優秀賞受賞という嬉しい報せもあり、匂坂ディレクターをはじめとするTBSスパークルの制作チーム、また、通信簿の少女やご家族には本当に感謝しかありません。
96分のテレビ番組を79分の映画にすることの大変さ
さて、この番組が映画になる話ですが、2021年より毎年開催されている「TBSドキュメンタリー映画祭」に出品する機会をいただいたことによります。
今年は全15の作品が出品され、うち10作品がTBSテレビ、4作品がJNN、そしてもう1つがBS-TBSの当作品です。
当作品に関して、テレビで放送したものと何が違うのか?
ずばり尺が違います。
本来は96分あった作品ですが、それではまず観てすらもらえないということで、70分台を目指して、本編をカットすることになったのです。
観客は作品の長さを気にするそうで、80分を超える作品だとドキュメンタリーでは長くて敬遠される傾向にあるのだそうです。
そこで、目指したのが79分。
17分をカットするのは容易ではなく、かなり苦労をして作業をしていたのですが、そんな中、「未公開映像を足して欲しい」というオーダーが入り大混乱。
番組は再放送もされたので、映画を観ていただける方にオリジナルの要素が欲しい、ということでした。
それはそうかと思いつつ、必要な要素は全部本編に入れているので、収録済の素材を掘り起こして新たに足すというのは無理だな…と。
なので、新たに、別府で撮影を行い、編集し直したものが劇場版となったのです。
最終的に84分の作品になりましたが、テレビでもご覧になっていただいた方は、是非、何が追加されたのかを見つけていただければと思います。
何十回と見た内容なのに…溢れる涙を堪えた映画祭での上映
迎えた3月17日(金)正午、映画祭のオープニング作品として上映が行われました。
どれくらいの観客が入るのか心配していたのですが、8割ほどの席が埋まっていたので胸を撫で下ろしました。
せっかくなので私も最後列の席に座り鑑賞することに。
これまでに何十回と見てきている内容ですので、特段感じることはないかと思っていたのですが、違いました。
大きなスクリーンと迫力ある音響。
没入感が増すのでしょうか、少女に強く感情移入したり、また、周囲からすすり泣く声が聞こえるものですから、やばい…と。
自分が携わった作品で泣くわけにもいかないので、涙を堪えるのに必死でした。
上映後は観客から大きな拍手が沸き起こり、映画祭の雰囲気を味わうとともに、上映できた喜びを実感することができました。
その後の舞台挨拶には匂坂監督と、作品にもご出演いただいた歌手の加藤登紀子さんが駆けつけてくださいました。
加藤さんは引き揚げの当事者です。
自身の体験を語られたほか、次のように話されたのが印象的でした。
まだまだ、私たちが知らない、埋もれている戦争の歴史、物語があります。通信簿の少女が教えてくれたその一つの物語を、ぜひスクリーンでご覧いただけますと嬉しく思います。
書いた人:初瀬川啓太(BS-TBS コンテンツ編成局 編成制作センター 編成部)
▽「TBSドキュメンタリー映画祭」公式サイト
映画祭は、東京・大阪・名古屋・北海道、と4都市で順次開催され、2023年3月17日(金)〜30日(木)が東京会場での上映となります。
「通信簿の少女を探して」の東京での上映は、下記の3回です。
2023年3月17日(金)12:00 ※終了
2023年3月23日(木)13:45
2023年3月29日(水)14:15
会場は渋谷「ヒューマントラストシネマ渋谷」です。
料金や、大阪・名古屋・北海道の詳細などについては、映画祭公式サイトをご覧ください。
▽作品概要
「通信簿の少女を探して~小さな引き揚げ者 戦後77年あなたは今~」
BS-TBS初回放送:2022年8月14日(日)よる9:00~10:54
【キャスト】
旅人:三浦透子(俳優・歌手)
ナレーション:仲村トオル
VTR出演:山田洋次(映画監督)、加藤登紀子(歌手)、秋吉敏子(ジャズピアニスト)
【スタッフ】
制作プロデューサー:初瀬川啓太(BS-TBS)
プロデューサー:尾賀達朗(TBSスパークル)
企画・演出: 匂坂緑里(TBSスパークル)
構成:田代裕
制作:BS-TBS TBSスパークル